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2007年09月27日

脱出するために2

前記事のお話はまだ続いております。

ほとんど自分自身の考えをまとめるためのものなので
ちっとも楽しい記事ではないっす。
お疲れ中の方は回避された方がよろしいかと思います・・・すんません。







私は子供が嫌いです。

子供は身勝手でわがままで視野が狭くて何でも自分中心で

残酷な言葉を他人には平気で吐くくせに
他人からのちょっとした言葉で自分はすぐに傷つくし

誉められれば調子に乗り、叱られれば泣いて

表面だけを見てなんでもわかっているつもりになって
実のない正論を振りかざして大人をやり込めて得意になったり

大人を馬鹿にしながら大人に馬鹿にされると憤って
大人はわかってくれないなんて言うんだ。
わかって貰おうともせずに。
大人をわかろうともせずに。



とまあ・・・随分と徹底的にキライなのでございますよ。


特に子供を嫌いになるきっかけになるような
出来事があった覚えはないし
私には弟も妹も居ないので小さな子供と触れ合う機会が無かったにも関わらず
ずっと前からそうでした。

まだ自分が子供と呼ばれる頃からそう思っていた気もします。



そしてこれもあのサイトを見てからの事、
ある日突然、頭の中にある考えが浮かびました。


ああそうか。私が嫌いなのは私だったんだ。


と。


他の方はどうかわかりませんが、
私は音読するように考えが頭で響くタイプです。

電車で揺られながら何の前触れもなく、降って沸いたようなこの考えに私は心底驚きました。
でもそれはとても、すとんと私の中で納得出来る考えでした。


私が嫌いな子供像は子供時代の私だったんだ。
両親が嫌う子供像、両親を不快にさせ怒らせた時の自分。

それが嫌いで嫌いでたまらなかったんだ。

今まで全然気がつかなかった。そうか・・・。



自分の世界が突然思ってもいなかった方向へ開けたように思いました。

でもそれは私にとって快いものではありませんでした。
自分にあるとは思いたくなかった暗く澱んだ部分を見た気がして嫌な気分でした。

それに今更こんな事がわかって何になるだろう。


暇な人間は下らない事を思いつくものだ。
平穏な暮らしが長いと変化を求めるんだ。
自分はこれだけの人間じゃないと思うために。
馬鹿みたいだ。



そして私はまた目を瞑りました。

不快な事について考えるのは嫌いでした。


いや、不快な事について考えるのはやめてしまおうと
あの時強く思ったから・・・とまた何かを思い出しかけたけど



目的地に到着して、考え事は中断しました。






ところで私にも娘がおりまして。

世界一鼻の下の可愛らしい2歳児がおりまして。
泣くと目が鈴カステラもしくは土偶になるマイプリティベイビーがおりまして。
笑顔と泣き顔の落差も世界一で、泣くたびに両親に爆笑される
ちょっと不幸なベリーキューティエンジェルが(もういい)


娘が宿ったのは私が29歳の時。

一緒に暮らし始めて長かったので
このまま子供は出来ないのかもしれない、でもそれでも
二人で仲良く暮らしていけばいいじゃないかと旦那が言い、
私もそうだねと答えたその2,3ヶ月後に妊娠が発覚しました。


驚きました。

戸惑い、不安はありましたが、私達は結婚しているのだし
生活にすごくゆとりがあるわけじゃないけど
子供の1人くらいはなんとかなる(ような気もする)し

きっと産む事になるだろう。

私は子供が好きじゃないし、赤ん坊を見て可愛いとも思わないけど
我が子は可愛いなんて言うし

(そこら辺を歩いてる下駄のような顔をした子供の親でも
 ほんとに我が子は世界一かわいいと思ってるのか?
 うっそだあ〜、とも思いましたが。)

産んで、育てて、あらゆる時間を共有していく事で
家族としての情が芽生えるものだろうと思いました。


そして出産。

生まれたての娘はやはりちっとも可愛くなくて
怒涛の産後鬱の中、責任感だけで子育てをしました。

この世の親の愛情なんてのはただの幻想で、
痛みと苦しみを超えた末のただの執着なんじゃないかと思ったりもしました。



が、なんともうまくしたもので

生後3ヶ月くらいになればメロメロのメタメタになり
5ヶ月くらいになればベタベタのデレデレになりまして

なるほど自分の子供とは可愛いものなのだと思えるようになりました。
我が子は下駄でも草履でもきっと可愛いのだろう。


うちの娘は下駄でも草履でもないけどね!



なんの話やねん。



冗談はさて置き、それも娘が成長すると
少し様子が変わって来ました。

2歳も後半になり、知恵が付いて
赤ちゃんから子供らしくなってくるに従い
今まで

「何もわからない赤ちゃんだから」

と許せていた事が、どんどん許せなくなって行きました。


私の言っている事を理解しているのに無視する、
わからないふりをする。
他の話題を持ち出して話を逸らそうとする。
意地になる、得意になってはしゃぎ過ぎる、
何度も言われて約束した事を5秒経たずに忘れてしまう・・・。


そういう事がどんどんと許せなくなって来ました。


彼女を愛おしむ時間より、たしなめる時間の方が長くなりました。

たしなめてたしなめて効かないから叱りつけて
叱りつけて叱りつけて効果が無くなって来たから恫喝して


叱る時間がどんどん長くなりました。


こんな親にはなりたくなかったのにな。
大らかな親でありたかったのにな。

そんな事を思い、感情的になった自分を戒めて
それでもすぐ、同じ事を繰り返してしまう。

そして気が治まった時不安になり彼女に言うんです。


「お母さん怒り過ぎた。ごめんね。」

「許してくれる?お母さんの事好き?」



彼女の答えは1つしかないのをわかっているのに。


「いいよ。お母さんの事好きだよ。」


彼女はそう答えるしかないと、子供の頃の自分が知っているはずなのに。




娘は旦那にそっくりな顔をしているのに
泣く時だけ私の母そっくりになる。

その顔はおそらく私にも似ているのだろう。


私が怒鳴る時の声は母にとても似ている。
きっとその時、顔もそっくりになっているのだろう。


私は母の顔で怒り、この子は私の顔で泣く。



繰り返しを見せられているような気がしました。

私は私の母になりこの子を私にしようとしている。



このままじゃいけないんだと思いつつ
私は自分を変えられぬまま日々が過ぎて

そしてある日。



私が「しないでね。」と何度も言っておいた事を娘がやり、
痛い目にあったせいもあって

ごめんなさいを言わせようとしました。

でも娘はいたずらっぽい顔で笑いながら走り回るだけで
何度促しても言わないので、両手を捕まえて座り視線を合わせて
一から説明しました。

それでも言わない。

笑顔が消え視線を合わせようとしないので
お母さんの顔を見て、ごめんなさいって言ってと
何度も言いましたが、言わない。

全く違う話をしようとしたり
お母さん大好き!と誤魔化そうとしたり
もういいよ言わないよお母さん嫌いだから!と言い出したり


ついに私は切れました。


普段ならばとっさに怒ってしまって
ああまた感情的になってしまったと思うところですが

今回はここまで丁寧に説得したのに言わないのだから
怒っていいんだ、仕方ないんだと
自分の中でGOサインを出してしまいました。


そしたら止まらなかった。


叩きつけるような声で怒鳴りつけました。

免罪符を得て勝ち誇ったかのように厳しく叱責し続け
彼女が悲しむ言葉ばかりを選んでは
叩きつけました。

驚いた娘の顔が歪み、泣き出し、抱きついて来ても
私はすぐには許さなかった。


そしてその日から彼女は
ごめんなさいが言えなくなってしまったのです。



次の日、旦那も一緒に居た時にも
ごめんなさいと言わず、二人で厳しく叱りました。

昨日あれだけ言ったのに、なんで言わないんだろう
なんて強情なんだろうと思っていました。



そしてまた次の日、
旦那に向かってありがとうを言わせようとして
娘に

私 :「こんな時なんて言うの?」

と聞きました。


娘 :「こんな時?なんて言うんだっけ。」

私 :「ありがとう、だよね?」


他の事に気を取られたのか返事をしなかった娘に


私 :「ありがとうって言ってね。」

私 :「あれ?ありがとう、言えるよね?」


すると旦那も


旦那:「あれ?今度はありがとうが言われへんの?
    リンリン言えるやろ?」


私達の口調は怒ったものではなかったのですが
娘の顔色がさっと変わりました。

おどおどと二人の顔を見比べたまま
消え入りそうな声で


娘 :「・・・よね?」

娘 :「・・・へんの?」


と私達の言葉尻をただ繰り返しました。


私よりももっと導火線の短い旦那が先に怒り
泣いてしまった娘を私は受け止める事が出来ませんでした。


ごめんなさいもありがとうも普通に言えていたはずなのに。

おどおどしながらも、泣きながらも反抗する気持ちがあるのか
決してありがとうと言わない娘に、怒っていたからです。


でも先に旦那が怒ってくれたおかげで
私は幾分か冷静でいられました。


私 :「ねえ、お父さんがこれくれたよね?嬉しかったんだよね?
    そんな時はありがとうって、言うんだよね?」

娘 :「・・・よね?」

私 :「言ってごらん。ありがとうって。」

娘 :「・・・って。」

私 :「どうしたの?今まで言えてたじゃない。」

娘 :「・・・じゃない。」

私 :「ほらありがとう、って。」

娘 :「・・・って。」

私 :「あ、り、が、と、う!」

娘 :「・・・・・・。」



なんて意固地な、と呆れかけたその時
娘の口が震えながらゆっくり「あ」の口に開きました。

お、言うかなと思ったけど言わなかった。

ただゆっくりと「あ」の口をして
言葉は出さないまま震えながら泣いているのを見て
やっと、やっと気付きました。


言わないんじゃなくて、言えないのだという事に。



彼女はごめんなさい、ありがとうという言葉を
口に出す事が出来なくなってしまったのです。





なんて事だろう。


震える娘の前で思わず私も身震いました。

まっすぐに伸びるはずのこんな小さな幼い子供を
私が押さえつけて歪めてしまったのだと思いました。


このままじゃいけないとわかっていながら
自分と向き合う覚悟を持てないままに
何度も娘を傷つけてはそのたびに
許してくれる娘に甘えて
問題から目を背けて背けてその挙句
私はこの子の言葉を奪ってしまったのです。


なんて事をしてしまったんだろう。



悪いのは娘じゃない。
子供らしい考えや行動が許せない私なんだ。

私は子供に大人を求めてしまう。
それは無理な事だとわかっていても、許せない気持ちが大きく働いてしまう。


その原因ももうわかっているのに。

どうして子供を許せないのか。

どうしたら許せるようになるのか。


もう私はわかっているのに。







あろう事かまたもや続きます。
自分の頭の中の事を書くというのは難しいものですね。

コメントは閉じます。
posted by 青ポット at 02:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記

2007年09月23日

脱出するために 1

今日は非常につまらぬ真面目なお話です。
すんません。

とっちらかった頭の中を文章にして
自分の考えを整理しようとしていますが、ちっともまとまりません。

鬱々とした気分になるのがお嫌な方は読むのをやめた方が良いかと思います。(誰だって嫌か)







つい最近ある本を読んで感じました。
ああ、この人は箱の蓋を開けたのだな、と。

そうか、そうだったのか。
この人は箱の蓋を開け、中身を認めて強くなったのだな。


私はずっと箱の前にいる。

私の中にある箱は蓋を半開きにさせたまま
時折中身を覗かせては私を不安にさせる。


中に入っているのは子供の頃の私です。

彼女は何か言っているんだろう。言いたいのだろう。
耳を澄ますつもりにはなれないけれど。


うーん、何から書いたらいいんだろうなあ。

それに気付いたのは、そもそもいつだったんだろか。
汚部屋脱出する前だったか後だったか。それもよくわからないな。

ブログ巡りをしていて辿り着いた先に、「インナーチャイルド」という言葉がありまして。
初めて見る言葉でよく意味はわからなかったけれど、即座に


 あ、嫌だな。


と思ってブラウザを閉じました。


それからしばらくその言葉が引っかかってはいたけど
調べてみる気にはなれませんでした。

が、ですね。

ご存知の方も多いと思いますが私はお酒をまあ、少々、たしなみますので。
飲んだら気が大きくなるのは酔っ払いの常でございまして。

勢いに乗じて検索してみたのですよ。
インナーチャイルドなんぼのもんじゃい、と。

とりあえず、サラッと読みやすそうな所を選んで読んでみたのがこちら。

http://www.n-seiryo.ac.jp/~usui/iyasi/2001/imano.html

(サイトに飛ぶだけでなく実際に行う場合は注意が必要、らしいです。
 精神的に不安定な方はストップストップ!)



インナーチャイルドというのは、潜在意識の中に眠っている
傷ついた子供時代の自分の事だそうです。


子供時代の自分の姿を思い出してください、といわれて
深く考えもせぬままそうしてみて
真っ先に思い浮かんだのは
自分が予想もしなかったものでした。





その私は制服姿でランドセルを背負ったまま、
真っ暗な庭にいました。

そして放置してあった大きな瓦に腰掛けてうずくまり
膝を抱き顔を伏せ祈るようにずっと呟き続けていました。




お願い帰ってきて、帰ってきて、早く帰ってきて、お母さん、と。




ああ、いけないと頭で警報が鳴り、私はそのまま急いでそのサイトを閉じました。



まあ、そういうわけで。




あ、母の名誉のために書いておきますと私が産まれてから母は家出なんてしてないそうです。
私の記憶の中でもそれはありません。
この時は近所のお宅まで話しに行ったのがちょいと長引いただけでしてね。


この後帰宅した母に、笑いながら

「お母さんついに家出したのかと思ったわー。」

と言ったら母もあっはっはーと笑って、それで済んだのですけどね。



母は常々

「私なら自分が離婚したいと思うような男に、大事な子供を渡さんよ。」

と言っていたから、もし親が離婚するという事になったとしても
私も一緒に連れて行ってくれるのだと、思ってはいたのですけどね。


少し考えれば自分がその言葉を信じきれていない事に気付いただろうに
たぶんその時の私は蓋をしたんでしょうね。


その言葉をどうしても信じていたかったんだろうな。
父側に残るなんて考えられなかったから。



その頃の父は何度話しかけても、挨拶をしても
私の顔も見てはくれなかったから。





さてその思わぬ体験をしたのち
そのまま何も無かったように過ごしたかったけれど
時々急に思い出してしまうんですな。

子供の頃にあった出来事をね。


突然何の前触れもなく、上から降ってくるような感じで。
もしくは閃くように。

収納のアイデアでも閃くのなら大歓迎なんだけどさ。
これはねえ。



父にも母にも事情があると理解していたつもりだから
子供の頃にも恨み言なんてない筈でした。

まあ少々これはという文句があったとしても
虐待されていたわけでもないし
心の傷だなんてそんな大げさなもんじゃないだろう。

ずっと大事に育ててもらっておいて
こんな被害者面はあんまりじゃないか。

それに私は今、特に生活に不安もなく大きな問題もなく
平和に暮らしている。
どうして何十年も前の事を蒸し返して悲しい気持ちにならなきゃいけないんだ。

不幸ぶりっ子だな。情けないな。
お父さんとお母さんに申し訳ないな。



とまあ、色々考えたり、自分に言い聞かせたりしたのです。


だけどそのサイトを見てからこっち
時折不意打ちのように出てくる子供の時の自分は
ちっとも消えない。いなくならない。
そして大人の私を悲しい気持ちにさせるのです。



そしてある日、もう蓋は出来ないのかもしれないなと思いました。

今までのように固く蓋をする事が今の私には出来なくなってるのかもしれない。


それは娘が生まれてから。
自分が親の立場になってから両親を思う時
私は両親のような子育てはしたくないなと、思ってしまっていたから。

今の私の中には、少しなりとも両親を否定する気持ちがある。
いや、否定とまでは言い過ぎかもしれないけど・・・
いくら事情があったとしても、両親にも悪い所があったのではないかくらいは思っている。

そしてそう思っている自分を、認めている。

だから蓋が出来ない。


両親には事情があった、だから仕方ないのだと自分に言い聞かせられない。
両親は悪くない、だからお前が悪いのだと、子供の私に言い聞かせられない。


だから私はもう、箱の蓋を固く閉じてしまう事は出来ないんだ。




でもならば。

開けてしまったとしたら、何が起こるんだろう?
何を見るのだろう?感じるだろう?





開けてしまう覚悟は出来ませんでした。

今考えればこれらは、箱の蓋をほんの少しずつ
ゆっくりゆっくり開けていっている作業だと言えるかもしれないけど。


でも出来るなら何も考えたくありませんでした。
楽しい事だけ考えて過ごしていたかった。



このままじゃいけないのかもしれないとやっと思ったのは
ずいぶん最近になって、娘に変化が起きたせいでした。







恐ろしい事に、続きます。

コメントは閉じますね。
posted by 青ポット at 11:44 | TrackBack(0) | 雑記